筆者
深井克純
元JICA国際協力機構パキスタン事務所アフガニスタン支援班班長(中野市西町出身)

魅力いっぱいのパキスタンA

山岳連携 中東アジアの信州人

◆ガンダーラ

 イスラマバードから北へ車で四○分ほどのところに「タキシラ」という町がある。広い盆地のあちこちにストゥーバと呼ばれる仏塔が点在する。周辺の遺跡を訪ねると、三・四世紀ごろ仏僧が修行した道場が、当時の面影を残している。

盗掘され多くは失われたが、この仏教遺跡を目の当たりにすると、ここから北伝仏教がシルクロードを伝播して、東端の日本で最も洗練された形で完成していたことがわかる。

 間違いなく、ガンダーラは日本と宗教的に繋がっている。現在は日本が先進、パキスタンやアフガニスタンが開発途上だ。しかし、仏教伝来の頃にさかのぼれば、日本こそ宗教も文化も、この進んだ地域に教えてもらったのだ。時代の一時期のみで先進、後進を分けるなど無意味なことがわかる。

◆パシュトゥーン

 ガンダーラの入り口「タキシラ」の町から北に幹線道路を走ると「ペシャワール」に着く。アフガニスタン難民が百万の単位で流れ込んだ町として有名になった。世界史的にも大へん重要な町だ。周辺は高山地帯で主にパシュトゥーン人の住む地域だ。

 パシュトゥーン人といえば、アフガニスタンのタリバーンを生んだ民族だ。現在は、パキスタンとアフガニスタンの二つの国に分かれて住む。これはイギリス植民地政策の残した遺産だ。「パシュトゥーニスタン」という民族独立国家をつくろうとする運動もあるが、実現は難しい。トルコ、イラク等に分断されている山岳民族クルド人と同じ運命にある。

 このパシュトゥーン人、世界に冠たる山岳民族で、日本における「信州人」のようだ。言葉少ないが誇り高き人々であり、信義に篤い。遠来の客人には、最大限「もてなす」ことを常とする。信念は容易に変えず、そのため非妥協的な態度をとる頑固者だ。これも信州人そのものだ。

◆座りの文化

この山岳民族のパシュトゥーン人の家に招かれて驚くのは、彼らの生活が基本的に「座り」の文化に基づくことだ。一般に欧米人はひざを折って座ることが難しい。欧米人以外でも、日本人のようにひざを折って座ることのできる人種は少ない。

 ご承知のとおり、ペルシャ(イラン)ほどではないが、パキスタンもアフガニスタンも「じゅうたん」が有名だ。これらの国々がじゅうたんの生産国であることと、そこに住む人々が座りの文化をもっていることとは無関係ではなかろう。

 食事は、じゅうたんの上に皿を並べて食べる。テレビも低い位置に置かれ、日本人が和室でするような姿を見る。リラックする時には、横になることも珍しくない。とりわけ、かけ布団と敷き布団は、ほとんど日本と同じだ。

 日本人とパシュトゥーン人、畳とじゅうたんの違いはあるが、共通の「座り」の文化をもっている。

◆山岳連携

このパシュトーン人の故郷は、カラコルム、ヒンズークシという世界の屋根である。りんご、ぶどう、なし、あんず、「そば」まで産する。景色や人々の気質、産物まで信州によく似ている。

 だが世界の開発途上国の山岳地域は例外なく極貧エリアだ。ネパール、パキスタン、アフガニスタンなど列挙するまでもない。このような地域は、農業以外の産業を発展できず経済的には恵まれない。盆地性の土地条件から、大気が汚染されやすい。水環境の保全も、廃棄物の処理にも困っている。

 信州は長い時間をかけて山岳や盆地での経済・技術・環境保全などのノウハウを蓄積してきた。また、山岳エアリアはかなり南の国に行っても、積雪に悩まされる。克雪・雪対策にも、信州は豊富な経験を有する。長野で発展した技術や対策が、世界の山岳民族の福利厚生の向上に役立つ。世界の内陸山岳地帯の人々と連携していく時代に入った。

写真=首都イスラマバード。大統領府を望む
                                

(北信タイムス2004年7月30日)
 
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