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筆者 深井克純(ふかい・かつよし) 前2004年SO冬季ナショナルゲーム事務局長 (中野市西町出身) |
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基本原則は人が人を支える 世界大会の成功だけでは不十分 |
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スペシャルオリンピックス(SO)にとって重要なことは、大会の開催だけではない。世界一速い人・強い人など、スポーツ技能の一番優れた人を決めることでもない。最も大切なことは、知的発達障害のある人々に「日常的」に「スポーツの機会を提供する」地味で骨の折れる活動を息長く続けることだ。 アスリート達も、どんなに技量に優れていても全国大会や世界大会に出場できるわけではない。「八週間」にわたる「日常プログラム」に参加、地道にスポーツトレーニングを行うことが前提だ。 ただし、スポーツの技量や経験は問われない。初心者は初心者、中級者は中級者、上級者は上級者として無理なくトレーニングに参加、「ゆっくり」と「確実」に進歩すればいい。 今まで、日本は必ずしも誰でもが平等にスポーツを楽しめる社会を築いてこなかった。障害があるからスキーは無理だ、水泳は危ないといった「やらず嫌い」の環境を知らず知らず作ってきた。 【砂漠の上で練習】 SOに限定すれば、日本は欧米先進国に大きく差をつけられ「周回遅れ」で追いかけている状況だ。中近東や中南米の開発途上国に比べても、遅れは否めない。欧米先進国に追いつけ追い越せを合言葉に、高度経済成長に集中する時代が長かった。そこに「人権」や「環境」など、人間生活に大切なものを置き忘れてしまった。 来年二月、野沢温泉村に集う北アフリカやアラビア半島のスノーシューイングのアスリートたち。氷雪に無縁の地域で、今「長野」を目指してトレーニングに励んでいる。雪をイメージしながら「砂漠」の砂の上で練習している。 貧しい南部アフリカのフロアホッケーのアスリート。日本のように立派な用具(ホッケー用のスティックやパック)をスポーツ店で購入できるわけではない。彼らは、天然の木の枝を自分で削り、スティックを作る。パックも見よう見まねで作るという。 そこには障害のあるアスリートを貧しくとも、「やさしく」「ていねい」に支える人々がいる。まさに用具の手作りから面倒を見る人々がいる。社会そのものに時間的ゆとりがあり、人と人が支え合う機能を自然にもっている。
人間が人間を支える。ここにSOの基本原則がある。アスリートを支えるボランティアたちは、「できる範囲」で「無理なく」参加することが原則だ。 あるスポーツ種目の技能を有している人はコーチとして参加する。コーチクリニックに参加するなど、一定の条件を満たすことは当然である。競技会で案内をする人、切手貼りや事務的な作業を担う人、食事のサポートをする人。ボランティアも無理なくできる範囲で参加するのがSOの特徴だ。 一○○%ボランティアに支えられる運動がSOだ。したがって、可能な限り冬季世界大会もアスリートとともにボランティアを中心にすべきである。有給スタッフは黒子に徹しなければならない。 【ボランティア社会】 日本では、長野五輪を契機にスポーツ大会でのボランティアの重要性が認識されるようになった。事実、長野五輪はボランティアなしには成功できなかった。 しかし、成熟した市民社会の中で時間をかけて育ってきた欧米先進国のボランティアと、日本のそれとはおよそ同じ名称でも大きな違いがある。とりわけボランティア先進国の北欧などとは、同名異種の状態だ。 プロが自分のもつ最高の技量を無報酬で提供する。ボランティアが最も高いレベルのサービスを提供する。日本にも、そろそろこんなボランティアが多数あらわれてもいい。
北信濃には雪上スポーツに精通した人々が多数いる。世界大会を契機に、SOの日常プログラムがどこでも行われるようになって欲しい。世界大会の成功だけでは不十分だ。息の長い活動が必要だ。 |
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| (北信タイムス2004年11月19日) | ||||
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