筆者
深井克純(ふかい・かつよし)
前2004年SO冬季ナショナルゲーム事務局長
(中野市西町出身)

「心のバリアフリー」に支えられた地域に

全国に先駆け、長野からスタート


 【競争より共生】

 スペシャルオリンピックス(SO)運動とは、今後日本がつくるべき「共生社会」のさきがけと位置づけられる。SOは競争して他人に勝つことよりも、伴にスポーツを楽しみ、伴に生きる社会を実現する運動だ。

 二月の第三回冬季ナショナルゲーム(プレ大会)の際、スケート会場でもスキー会場でも次のような光景が見られた。一番を滑る選手がゴールの直前に立ち止まり、後続の選手の到着を待って一緒にゴールテープを切る。

 選手たちが教えてくれたことは、競争して一番でゴールすることよりも、仲間と仲良くゴールするという自然な姿勢だ。競争に勝つことに価値を与える弱肉強食の現代社会の中で、SO選手たちは「共生」という、より人間的価値の高いものを知らず知らずの内に教えてくれた。

 【人間の可能性】

 アテネ五輪を見て、人間の可能性のすばらしさに感動した人々が多いに違いない。競技の一瞬の成功は、何千回何万回の反復練習に支えられている。女子マラソン金メダリストの野口選手は、何万キロをトレーニングで走破したのだろうか。

 SO選手の挑戦も五輪選手と異なることはない。ただ、挑戦する種目や距離が違うだけだ。例えば、クロスカントリースキー。五輪と同じ距離を滑る本格種目がある一方、一○メートルという本当に短い種目がある。

 これはSO独特の種目設定である。知的障害のためスキーを履くことすら絶対に不可能と誰もが思った選手も、何千回何万回の繰り返しによって不可能を可能にする。スケートにも一○メートル種目がある。この短い距離を滑り切るに五回も六回も転倒しながらゴールする。

 「不可能を可能にする」という意味で、SO選手の挑戦は五輪選手と寸分も違うところがない。知的障害を乗り越えるには、何十倍も何百倍も時間がかかる。しかし、人間はその高いハードルを越える可能性をもっている。「がんばる」勇気を継続的に示すことがSOの本質である。

 【心のバリフリー】

 二一世紀のあるべき姿はバリアフリー社会である。これは公共施設や商業施設にスロープやエレベータを設置し、段差を解消するといったハード面の整備だけで十分なものではない。

 本当に必要なことは、身体障害や知的障害などハンディキャップのある人々に、平等な社会参加の機会を保障することだ。そのために差別や偏見を完全に取り去ることが不可欠である。もっと言えば、「障害者」という言葉自体がなくなり、人の顔と同じ「個性」と認識される社会をつくることではないか。

 古い時代、知的障害者はスポーツの機会はもとより、外出の機会すら制限されていた。その存在が隠され、かげで差別的な言葉が使われることもあった。現在も、この悪習が完全に消し去られたとは言えない。

 日本は経済先進国になった。しかし、知的障害者への理解という点では、残念ながら先進的と言える状況にはない。すべての日本人に「心のバリアフリー」が求められている。

 【世界大会をスタート点に】

日本の急ぎ過ぎた経済成長は多くの矛盾を生み出した。解決すべき課題を棚上げにしてきたケースも多い。その一つが「人権」に対する無関心・無感覚がある。スペシャルオリンピックスの日本における認知度の低さ(アメリカ九五%、日本五%)は、このような事情に一因がある。

 来年二月二五日、世界から知的障害のある選手、それを支えるコーチ(日常活動を支えるボランティアコーチ)総計三一五○人が長野に結集する。これは六年半前の冬季五輪を上回る。長野が経験する三つのオリンピックの中で、最大規模の大会となる。

 全国に先駆けて長野を、知的障害があってもスキー・スケートの楽しめる「心のバリアフリー」に支えられた地域にしたい。SO世界大会は、そのスタート点にする絶好の機会である。



写真上=2004SOプレ大会の様子
写真下=ホストファミリーとの交流
写真提供:スペシャルオリンピックス日本

(北信タイムス2004年9月24日)
TOP <<前項      次項>>